IE9ピン留め

久しぶりに壜

 数年ぶりのアップになります。(笑)
 こないだ、日長崎で拾ってきた壜を、水に浸けて泥抜きしていましたが、やっとこさ出て来ましたので、アップしますね。この壜、高さは90ミリ、幅38ミリです。

 表面はサンドブラスされています。口にネジは切ってないので、ちと古いモノでしょうね。そして裏側には、こんな模様が・・・!

 尚さんも拾われているようなので、そのうちアップされるかもしれませんね~??

                 浜で見つけたときは、こんな感じでした。





# by hinagacom | 2011-03-25 00:05 | ちょこっと昔 

日長の化石-5

 結局、蟹玉は見つからないまま、日長の化石も最終回を迎えそうです。
 どうです、このアカニシ立派でしょ!!
 殻長が15センチオーバーのアカニシ、ふつう浜辺ではなかなか見つかりませんよね。
 殻口内には、まだオレンジ色が残っていて、浜辺でエージングしたものよりきれいなくらいです。
 そして何と、この貝殻、重さが700グラムほどあるのですよ。
 当時の海は、今よりもずっと豊だったようですね。

# by hinagacom | 2008-11-03 17:19 

日長の化石-4

 引き続き、南4区の埋め立て地で拾えた化石を紹介しましょう。
 一番大きな丸っこいのから時計回りで行くと、タマガイ類、ツメタガイ、マクラガイ、ヒメエガイ、カニモリガイ、ヤカドツノガイではないでしょうか?
 真ん中の小さなのは、キャストなので分かりません。
 
 わたしが南4区の埋め立て地に行ったとき、まだ泥が固まる前でした。蟹玉と言われる蟹の化石まわりにコンクリーションが付着したやつを拾おうと、軟らかなところに足を踏み出したら・・・すぐに膝まで入り込み、長靴は泥の中にとり残されました。
 探してみたのですが、見つかりませんでした。命がけで拾ったあの時の蟹玉、どこに行ったのかな?

# by hinagacom | 2008-10-30 15:24 

日長の化石-3

 南4区の埋め立て地で拾えた化石群は、ほとんどが現生種です。
 そして土砂に埋没していたために、紫外線の影響などが少なく、今の貝よりも新しく感じてしまうものがいくつかありました。
 そんな中で、このオキシジミは、よく石化しています。
 殻の成分から石化しやすいものがでているのか分かりませんが、他の貝よりも中身が石になっています。

# by hinagacom | 2008-09-02 22:54 

日長の化石-2

 ここで紹介する化石は日長崎の西側、南4区が埋め立てられて時に拾ってきたモノです。
 今では、工業団地などが整備され、植物も茂って、表面からの採集はできなくなりました。
 写真に示した太さが3センチほどの棒、何だか分かりますか?
 サンドパイプと言われる生痕化石です。海底に穴を空けて棲んでいた生物の穴に土砂や貝殻が入り、その部分が固まってできた一種のコンクリーションです。

# by hinagacom | 2008-08-12 17:08 

日長の化石

 日長崎の漂着物に、化石があるのを気づかせてくれたのが、コレです。
 全長15ミリほどの巻き貝の化石で、殻頂部と殻口部は欠損しています。
 また、波に揺られ、砂利に磨かれ、表面は磨耗して、殻の中を充填した砂粒が見える部分もあります。

 これは日長で埋め立てがおこなわれ、南4区を作るときに運ばれた土砂から流出して、日長崎に寄り、磨耗して打ち上げられたモノでしょう。
 詳しい年代は分かりませんが、数千年前から1万年ほど昔に生きていた貝でしょう。

# by hinagacom | 2008-07-01 20:49 

埋め立てもほぼ終わり・・・

 右に示したのは、名古屋港の埋め立て図です。

 この図は2002年現在のもので、まだ部分的に埋め立てがおこなわれているところがありますが、そのほとんどは終わっています。
 伊勢湾の奥、名古屋港近辺は埋め立てによって、渚が消滅してしまいました。
 私から見れば、不健康でたまらない海なのですが、産業の発展に伴い、このように大きな変化をしてしまいました。
 日長周辺の埋め立てには、海底の土砂が使われました。
 埋め立てに使われた土砂は、新生代第四期完新世のものですが、-13mまで掘削し、サンドポンプで吸い上げ、埋め立て地に運んだため時空的位置は不明なのです。
 埋め立てで削った地層には、完新世に地層より下まで行っているところあるので、掘削した地層の表面から-13mまでの間には、一万年ほどの開きがあるようです。

# by hinagacom | 2008-07-01 20:48 

日長崎海底遺跡一斉調査

 某月某日は昼ごろが干潮、そして曇りという絶好の天気に恵まれ、日長崎海底遺跡一斉調査が、無事行われました。


 集合時刻(干潮1時間前)に堤防に行きましたら、気の早いグループのボランティアさんたちは、すでに作業を始めてみえました。


 おつかれさまです!!
 みなさん手弁当で参加され、熊手とバケツを持ち、泥まみれになり、ある人は腰まで水に浸かって、日長崎海底遺跡の発掘に協力して頂けるのです。


 ボランティアの発掘員さんたちは、発掘した陶片をこのように分かりやすいところに置いてくれます。
 こっそりポケットに入れて持ち帰ろう・・・なんて不届き者は一人もいません。
 この発掘ボランティアに参加すれば、お土産があります。それは発掘中に出てきたアサリ。それらは全て持ち帰りオッケーなのです。

 みなさんが苦労して発掘された品々を、わたしは巡回して記録写真におさめたり、回収し整理させていただいています。
 他の漂着物と違い、持ち運びが重いのが難点ですが、ボランティアの皆さんが協力していただけるので、助かっています。
 
 ボランティアのみなさま、ありがとうございます。これからもよろしく。

# by hinagacom | 2008-05-04 20:07 

あくつ

 前に銀化の眼薬瓶を拾ってから、口の小さな瓶を気にしてあるいていました。
 そうしたら、茶色の小瓶がありました。
 そして底の方にはローマ字でAKUTSUと、ヘボン式ではなく英語式に名前が入っていました。
 あくつ・・・漢字変換すれば明津?阿久津?安久津?亜窟?
 見たところは、点眼瓶のようですが、こんな薬屋さんありましたっけ?

 さて、銀化ですが、やはりなっていました。ただ、茶色の瓶で、かつ表面が擦れているので、ほんの微かにしか見えないのですけどね・・・。

# by hinagacom | 2008-04-25 15:40 

瓶底のマーク

 日長崎の干潟には、ガラスの破片もたくさんありますが、その中に瓶底だけになったモノもあります。
 最近の瓶では見かけませんが、古い瓶の底にはマークなどがありました。
 緑色の瓶底には、英字のVの中に「ビタミン」、その下に菱形に囲った中には「薬製」とありました。薬屋さんの使っていた瓶なのですね。
 透明な半割れ瓶底には、Siboley DIAMONDとありました。こっちは何でしょう?化粧水でしょうか?

# by hinagacom | 2008-04-17 17:05 

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