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あくつ

f0148050_2022062.jpg 前に銀化の眼薬瓶を拾ってから、口の小さな瓶を気にしてあるいていました。
 そうしたら、茶色の小瓶がありました。
 そして底の方にはローマ字でAKUTSUと、ヘボン式ではなく英語式に名前が入っていました。
 あくつ・・・漢字変換すれば明津?阿久津?安久津?亜窟?
 見たところは、点眼瓶のようですが、こんな薬屋さんありましたっけ?

 さて、銀化ですが、やはりなっていました。ただ、茶色の瓶で、かつ表面が擦れているので、ほんの微かにしか見えないのですけどね・・・。

by hinagacom | 2008-04-25 15:40  

瓶底のマーク

f0148050_1941525.jpg 日長崎の干潟には、ガラスの破片もたくさんありますが、その中に瓶底だけになったモノもあります。
 最近の瓶では見かけませんが、古い瓶の底にはマークなどがありました。
 緑色の瓶底には、英字のVの中に「ビタミン」、その下に菱形に囲った中には「薬製」とありました。薬屋さんの使っていた瓶なのですね。
 透明な半割れ瓶底には、Siboley DIAMONDとありました。こっちは何でしょう?化粧水でしょうか?

by hinagacom | 2008-04-17 17:05  

ガラスもいっぱい

f0148050_19322311.jpg 陶片がこれだけ出る日長崎ですから、ガラス製品もいっぱい出てきます。
 酒瓶、ビール瓶、牛乳瓶、ドリンク瓶、ラムネ瓶、薬瓶、眼薬瓶などいろいろありますが、そのほとんどは割れておりご覧のような状態なのです。
 でも、ちょっと前に紹介したような銀化の眼薬瓶もありましたので、ガラス製品にも気を配らないといけませんね。
 透明感の美しいガラスですが、割れてしまえばこの通り、凶器にもなりかねません。
 潮干狩りのみなさん、くれぐれも指先にはご注意あれ。

by hinagacom | 2008-04-17 17:04  

ソース甕

f0148050_130535.jpg ソース甕(かめ)も日長崎の干潟にありました。
 この甕、常滑焼きで、口が狭くなっており、液体の容器として使われていたものです。
 わたしの実家では、週に一度ほど酒屋の御用聞きさんがやってきました。
 台所脇の置き場にビールが無くなりかけたら、補充してくれたりしましたが、ソースなどの調味料は、注文して届けてもらいました。
 フライなどが揚がりかけたときに限って、ソースが足らなくなるのに気づくわけです。そうなると、わたしがソース瓶を片手に、自転車でひとっ走り酒屋まで・・・となります。

 酒屋に着くと、店先には自転車が数台とまっていました。夕方の酒屋は、仕事帰りに一杯ひっかけてから、家に帰るお客が数人いました。土間に立ち、ガラスのコップに注がれた日本酒を飲むのが、楽しみだったようです。
 そんな人たちの間を抜け、帳場に行きソース瓶を差し出します。お店の人がソースを瓶に入れてくれるのですが、その元はこうした常滑焼きの甕だったのです。
 ですから、わたしの中でこいつはソース甕!!

 ソースを瓶に入れてもらった後、腹を空かしたわたしは急いで家に戻りました。

 当時、酒屋はかけでモノを売ってくれました。暮れになると番頭さんが集金にまわっていました。ですから、子供たちはお金も持たず、お使いに出かけたのです。

by hinagacom | 2008-04-01 16:55  

f0148050_11464438.jpg 日長崎には、甕(かめ)の破片がよく転がっています。
 そうした破片は釉薬のかけてない古そうなモノから、最近の常滑焼きの瓶まで千差万別です。
 甕の破片の中でちょっと気になるモノを見つけました。
 写真のように、底の部分に押しつけられた跡が見られます。

 この甕、内側には作った人の指を押しつけ成形した跡もありました。そして断面をみたら、粘土の積層の具合から、紐作りで作られたことが分かりました。

by hinagacom | 2008-04-01 16:54